水平線の名前

別嬪と温泉は「別府温泉ルートハチハチ」の番外編です。温泉道にこだわらず、様々な温泉や別府の街で「べっぴんさん」を撮影していきます。

No.05 Credit：
Model / Hana
Location / 別府国際観光港、夢の途中、ペッパーランチゆめタウン別府店、さんふらわあ、Bar Barolo、別府ブルーバード、ひろみや、Kamenos、火の海まつり
Photo・Design・Words / 東京神父

※物語は全てフィクションです。
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  朝から胸の奥がざわざわして
  理由もなくバスに飛び乗った
  カーテン越しに光る海が見えた瞬間
  あぁ今日は港に行こうと決めた
  
  
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  私は今年で大学を卒業する
  周りから見れば順調に見えるだろうし
  実際毎日笑顔では過ごせてる
  でもやっぱり自分の未来は
  何よりも曖昧に思える
  港につくと白い大きな船が
  ゆっくり近づいてきていた
  海を滑るみたいに堂々と
  
  
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  だけど今日の私には
  ただただ「遠いもの」に見えた
  未来って多分あんな感じ
  ちゃんと形はあるのにまだ触れない
  柵の向こうには迎えを待つ人が
  ぽつんぽつんと並んでいて
  その中に小さな男の子の背中があった
  
  
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  それを見た瞬間
  子どもの頃の私が不意に呼び戻された
  夏になると毎日のように
  港で母を待っていたこと
  潮風で前髪がくっつくのを嫌がってたこと
  知らない船が入ってくるたび
  「この船に乗ったらどこへ行けるんだろう」
  そんな想像をしていたこと
  
  
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  子どもの頃の私は未来を信じていた
  今の私は少し未来に怯えている
  あの頃の未来に立っているはずなのに
  まったく違う感情が今を飲み込もうとする
  船が接岸する音が響いて
  大人たちがロープを手際よく固定していく
  世界は淡々と進んでいくんだなって思う
  
  
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  置いていかれそうで少しだけ怖い
  携帯で一枚写真を撮った
  私はどこへ向かいたいんだろう
  誰の期待でもなく自分のための道へ
  乗客たちがぞろぞろ降りてきて
  抱きしめあう人や
  笑いあう人があちこちにいた
  私はひとりで立ちながら
  潮風を深く吸い込んだ
  ここが今の私の「出発点」だ
  
  
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  「もう一度私の名前を拾いに行こう」
  就職とか進学とかそういうことじゃない
  子どもの頃の私が
  水平線の向こうに置いてきた「名前」
  
  
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  それを取り戻す旅に出たい
  汽笛が鳴ったとき胸がぎゅっとなった
  泣きそうになったけど
  そんな感傷的な自分に
  すぐに笑ってしまった
  未来はまだ遠い
  でもちゃんとそこにある
  歩き出せばきっと届く
  今の私はそのことだけ信じていればいい
  
  
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  港からの帰り道
  私はバスじゃなくて
  あえて歩くことにした
  風が少し強くて
  髪が耳に当たってくすぐったい
  揺れるたびに
  耳につけた銀色のピアスが
  カチッと小さな音を立てる
  
  
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  高校生になったばかりの頃に
  自分で初めて買ったピアスだった
  変わりたくてでも変われなくて
  雑誌をめくって勇気を出して選んだ
  
  
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  今日なんとなく手に取ったのは
  きっと意味があるんだろう
  「水平線の向こうへ進みたい」
  そう言ったのはたぶん
  私の中に残っていた子どもで
  その声を聞き取れたのは
  やっと大人になってきた
  証拠なのかもしれない
  
  
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  強いけど優しい風に
  髪が揺れるたび
  ピアスが肌に触れて
  自分の存在をそっと
  確かめてくれる気がした
  未来なんてちゃんと見えなくていい
  全部決められなくてもいい
  
  
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  ただ今日は進みたい方向が
  少しだけ輪郭を持っただけで十分だ
  「私は私の名前を選び直す」
  そう思った瞬間
  首を滑る空気まで
  なんだか新しく感じた
  
  
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  日常の中でふっと見つけた
  ほんの小さな「前へ進む気配」
  港で芽生えたものが
  ピアスの金属音と一緒に
  静かに胸の奥で鳴り始めている
  
  
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  水平線に名前をつけよう
  ふとそう思った
  なぜ水平線には名前がないんだろう？
  私が今日見た水平線に名前をつけよう
  
  
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  ふと浮かんだその考えが
  とても素敵な考えのような気がした
  胸の奥のどこか
  柔らかいところをそっと撫でた
  歩きながらさっきまで
  海の匂いが混ざっていた風が
  少しずつ土の匂いに変わっていく
  
  
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  「あの船はね飛鳥Ⅱって言うんだよ
  お姉ちゃん見れてラッキーだったね」
  駐車場で作業していたおじさんが
  声をかけてきた
  そうかあの船にも名前があるんだ
  やっぱり今日のあの水平線にも
  名前をつけてあげなくちゃ
  
  
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  気が付けば私は
  随分と遠い場所まで歩いていた
  足は迷いなくこの道を
  選んだみたいだった
  
  
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  西の空がゆっくりと紫に染まり
  残りの光がうっすらと
  山の輪郭を浮かび上がらせる
  電線が夕暮れを横切る姿が
  水平線の延長みたいに思えた
  
  
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  「今日の空は私の本音みたいだ」
  港では“決意”が芽生えた
  歩きながらその決意が
  静かに形を持ち始めている気がした
  私は立ち止まり空を見上げた
  まるで白昼夢みたいだった
  
  
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  目の前の空を見ながら
  紫と薄桃色の境目が
  なんとも言えない揺らぎで滲んでいた
  あの日の空もこんな感じだった
  未来と過去の境目って
  きっとあんな色なんだろう
  
  
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  「そうだ、名前」
  私はあの水平線に
  どんな名前をつけるんだろう
  子どもの頃の夕方の帰り道
  どこか寂しくてどこか安心した
  あの風景の香りを辿る
  
  
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  背伸びしたあの日から
  今日という一日の続きが
  ちゃんと明日につながっている気がした
  今の私はその繋がりを
  もう一度確かめたいのかもしれない
  少し深呼吸して
  頭の中に浮かんだ名前を
  そっと呟いた
  それは小さい頃に
  よく見ていた花の名前
  
  
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  「アネモネ」
  迷いと希望が混ざった今の私に
  ぴったりな呼び名だと思った
  アネモネの花言葉は確か
  「未来への期待」とか
  そんな感じだったと思う
  
  
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  未来は一直線じゃなくて
  揺れたり止まったり
  時々戻ったりする
  だけど消えない線
  どんな空でもどんな海でも
  どんな感情でも
  ちゃんとそこに引かれている
  
  
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  今日と明日の境界線が
  少しだけ優しく見えた
  私はまた歩き出す
  アネモネの匂いを想像して
  あの日の母の言葉を思い出した
  
  
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  「名前はついていることが大事よ」
  
  そう名前はついていることが大事なんだ
  水平線に可愛い名前をつけた
  それだけで未来が明るく輝く気持ちになった
  
  
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  この世界に名前がないものなんてない
  華って名前も私が私たるゆえん
  
  それは私が人生でもらって
  一番嬉しかったもの
  
  
  
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別府温泉ルートハチハチ


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